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浅葱色の華
- 第三十二話 鳥羽伏見の戦い・弐 -



激しい砲撃の音。呻き声をあげる隊士さんの声。ここまで漂ってくる煙。
相変わらず、ひどい状況だ。
少しずつ疲労の色が濃くなってくる隊士さんたちは、だんだん数が減ってきていて。
それに合わせて、幹部の皆さんの顔も暗くなる。
「っはあ……副長、申し訳ありません。
砲撃が激しく、本陣にまでは…」
息を切らして駆け込んできた勢いのまま、土方さんの前で頭を下げる斎藤さんに、心配そうな目を向ける三番組の隊士さんたち。
「……隊士を、何人も死なせてしまいました」
言った途端、隊士さんたちは悲しげに顔を曇らせた。
自分たちも、怪我さえしていなければ。せめて戦えるほどだったら。そんな無念な気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
「いや、こんな状況じゃ仕方ねえさ」
土方さんはそれだけ言うと、右手を強く握りしめた。
「…人数的には、こっちのほうが圧倒的に多い。にも関わらず、ここまで苦戦を強いられるなんてな…」
悔しそうに、声が震える。
そんな土方さんに、胸がきゅうと痛くなった。
「………おい、貴様」
「なんだ」
もう言い返す気もないのか、土方さんは面倒そうに八十治を見やる。
「俺なら、本陣に行ける」
「………………は」
「俺と藤堂組長で、本陣まで行ってきてやる。俺たちは多少丈夫だから、ちょっとやそっとでは死なないぞ」
「お前、何を言ってるんだ?」
平助さんと、八十治が?
土方さんは困惑した顔を八十治に向けた。
多少丈夫、というのはきっと、怪我が治りやすい体質だからなのだろうけれど。それでも、あの砲の数ならひとたまりもない気がする。
「だから、俺たちが行ってくると言っているんだ。もう既に藤堂組長からの許可はもらっている」
「…………お前、下手したら死ぬんだぞ。今まで戦っていたところなんて比じゃないほどには危険な場所だ」
「ああ」
そうか。土方さんは八十治たちが人じゃないことを知らないんだ。そりゃあ、知っている私でもこれだけ心配になるのだから、土方さんの心配はかなり大きいだろう。
…それにしても、平助さんと八十治が本陣で戦ってくるというのに、私はここにいても良いのだろうか。
私も、二人について行った方がいいのではないか。
そんな思いがふと湧き出る。
私が使う武器は短刀だ。もし本当に近距離にまで行けるのなら、銃よりも有利なはず。
気がついたら、私は静かに手を挙げていた。
「八十治、私も行く。八十治と平助さんが"多少丈夫"なら、私も一緒でしょう?」
八十治は驚いたように目を見開き、体を小さく震わせる。
「桃華、様?」
「足を引っ張っちゃうかもしれない。その時は容赦なく置いてっていいよ。だから、私も行く。二人よりは、三人の方がいいはずだよ」
八十治、今にも泣きそう。
でも、私を置いて逝くなんて真似は許さないんだから。
「良いですよね?土方さん」
私が首を傾げて土方さんに聞くと、土方さんは何かが喉に詰まったかのような顔をした。
「別に隊士を戦場に行かせることは間違いではないし、むしろ行かせないほうがおかしいですよ。ね?」
「…でも、桃華様は」
「八十」
八十治の言葉を遮って、私は微笑む。
「私は大丈夫だよ、八十」
いや、戦力的に大丈夫じゃないかもしれないけれども。
「………わかった。本陣への斬り込みを任す。
ただし条件が1つある」
随分と考え込んでいた土方さんは、やっと顔を上げて言った。
なんだろうかと、私たちは顔を見合わせる。
「必ず生きて帰ってこい。死んできたら承知しねえからな」
それは、あまりにも難しくて、でも、単純で。
「………はっ、はい!」
私のつい大きくなってしまった声と、
「当たり前だろ」
八十治のふてくされたような声が、私たちの間で、小さく響いた。



「というか、本当に平助さんは了承していたのですか?」
刀の手入れをしながら聞くと、後から来た平助さんはこくりと頷く。
「その話はちょくちょくしていましたからね」
「なるほど」
八十治はそんな私たちをちらりと見てから、
「試してもらいたいことがあります」
と言ってきた。
試すこと?と二人で首を傾げると、八十治は立ち上がって私たちにも立つように促す。
言われるがままに立ち上がり、中庭へ出た。
「二人とも、後ろに宙返りはできますか?」
「「は?」」
「後ろに、宙返りです」
いや聞き取れなかったとかじゃなくて。
八十治は私たちの心情を察せていないようで、きょとんとした顔を見せる。
「あー…はい、やりますよ」
何かを諦めたような顔をした平助さんが、軽く腕を動かしながら歩みでた。
八十治と私はなるべく広く庭を使えるように縁側に座る。
「じゃ、行きますよ」
そう言って軽く跳ねると、平助さんは羽根でも生えたかのように軽やかに宙返りをしてみせた。
「おお…!」
思わず感嘆の声が出る。
けれども、その声も途中でぴたりと止まった。
なぜなら、
「えっ!?ふぁっ!?!?」
平助さんの姿は忽然と消えて、代わりに純白の毛を持つ狼が呆然と?こちらを見ていたからです……。



「待ってください八十、これはどういうことですか!?」
「そうだよ八十治!!!何があったの!?」
慌てて問いかける私たちを、八十治は可笑しそうに見やる。
「いい反応ですね」
「「そんなこと言ってる場合!?」」
私たちのぴたりと合った声は、大砲の音にかき消された。
八十治は「さ、次はもも姉ですよ」と目線をこちらに向ける。
「………嫌な予感しかしないのだけれど」
「なんとかなりますよ!」
「ならないよね!?」
ああもう、腹をくくるしかないのかなこれは。
八十治と平助さんを交互に見るけれど、どちらも期待に満ちた顔をしていて。(平助さんはおそらくだけど)
仕方なくため息を吐いてから、私は立ち上がった。
「……行きますよ」
私の言葉に二人は頷く。
私はふう、と息を吐いてから、くるりと宙で回ってみせた。
ーーぽんっ!!!
……ぽん?
途端に薄い煙に包まれたような状況になって、私はぽかんと口を開ける。
まさか、いやもう察していたけれど、私も平助さんのように?
そう思って顔を手で触ろうとして、その手の違和感に今更気づいた。
「はっっ…羽根っ!?!?」
「いやもう僕は察してましたが」
「私もそう思ってたんですがいざ自分となると…!」
平助さんの若干冷ややかな声も気にならないくらいには驚いている。
慣れきった人の手とは全く違う、鳥の羽。ふわふわした純白の毛は、きらきらと日の光を淡く反射させている。
「よっと」
八十治もくるりと宙返りをして、黒い狼の姿になった。
もう驚かなくなってきている自分に少し驚く。
「さて、細かいことは省きますが、俺たちは後ろ宙返りをすることでこういう姿になることができます。
戻るときはまた後で話しますね」
細かいことを省きすぎて何がなんだかわからないのだけれど。
チラリと平助さんを見たところ、彼もわかっていないようだった。
「…まあいいや。
で?何故急にこの姿になったんですか?」
平助さんが聞くと、八十治は何を言ってるんですか、と返す。
「本陣に行きやすいでしょう?」
…………、なるほどぉ。


何がどうしてこうなるのか、服とか刀も一緒に変身されるらしい。
そんなことに今更気づいた。
砲撃がなるべく届かないような森の中を飛びながら、私はチラリと下を見た。
平助さんと八十治は軽やかに木の根っこなどの障害物を避けながら走っている。もちろん、狼の姿で。
白いから目立ってはしまわないのかと不安だったけれど、意外と紛れられている。これなら安心、かな。
「見えてきましたよ」
八十治の声に、バッと前を向いた。
「銃…」
「もも姉、撃ち落とされないように。
平兄、気を取られて転ばないように」
八十治は言いながらくるりと前向きに宙返りをする。
ぽんっと軽い音とともに人間の姿になった八十治は、そのまま流れるように唇に手をやった。
「行きますよ」
……戻り方、知らないんだけど…………。

言われてサラッとできるものじゃないですよね、宙返り…
<2017/11/09 17:09 水瀬 玲>消しゴム
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