「はあ!?!?桃華ちゃんたちを本陣に!?」
急に聞こえてきた声に、隊士たちはびくりと肩を震わせた。
なんだなんだと声の方を向くと、一ノ瀬凛が土方歳三の胸ぐらを掴んでいた。
「はっ!?」
「あいつ、副長に……!?」
「すっげぇ度胸だな…」
思わずそんな声が出てくるが、一ノ瀬にそれが届くはずもなく。
怒りに口をわなわなと震わせて土方を睨みつけた。
当の土方はとくに感情を出さず、一ノ瀬をただ見つめている。
「……お前は、隊士が戦に出ることは正しくないと言うのか?」
「そういうことじゃなくて!!!だいたいいくら戦の途中でも、本陣にたった三人で突っ込ませることがおかしいと思えないの!?」
確かに、いくらなんでも三人は少ない。死ねと言っているようなものだ。
しかし、土方はあくまでも冷静だ。
「生きて帰って来いと言ったし、あいつらも返事をした。なら、信じて待つしかねぇだろ」
「そんなん信用ならないじゃん!!!人なんて、いつどこで死ぬかわかんないんだよ!?」
その様子を見ていた隊士の一人が、ぽつりと小さな声で呟く。
「本当あいつ、度胸あるなぁ…」
「「「「ああ……」」」」
他の隊士たちも、揃って頷いた。
あれから何度か言葉を交わした二人だが、一向に一ノ瀬の怒りは収まらない。
そろそろ止めた方がいいんじゃないか、と隊士たちのハラハラも上限に達しそうな頃、急に土方の纏う空気が変わった。
「…………お前は、甘えんだよ」
「はあ!?」
なんだとと言葉の外で言いながら尚睨んでくる一ノ瀬を、土方も負けじとに睨み返す。
「敵の本陣に斬り込むのは容易じゃねえ。俺も諦めかけていた。そんなところで、あいつらが志願した。俺たちなら行ける、任せろってな。
あいつらは三人で充分だと言った。こっちとしてもあまり隊士の数は減らしたくねえ。だから三人で行かせた。
全部、考えてんだよ。お前の小せえ正義感でかき回すな」
その声と視線から滲み出る殺気に、一ノ瀬は黙り込んだ。
けれども、睨むことだけは忘れずに、静かに問いかける。
「…じゃあもし、三人が生きて帰ってこなかったらどう責任とってくれますか」
土方は少し考えてから、ニッと笑った。
「その時ゃ、副長の座を降りてやるさ」
……隊士たちのざわめきが、ピタリと止んだ。
「ふ、副長…?本当にいいのですか?」
「ああ、別に構やしねえ」
「…もし、三人が帰ってこなかったら…」
斎藤が不安げに瞳を揺らしていることに気づいてなのか、土方は小さく笑みを見せた。
「あいつらなら大丈夫、そう思うんだ」
「……少々、買い被りすぎでは?本陣なんて、行く前に果ててもおかしくないはず」
「そりゃそうだが…」
自分だってなんで信じられるかはわからない。けれども、何故だか三人は無事に帰ってくるような、そんな気がしてしまう。
一ノ瀬との口論から半刻ほど。流石に帰ってくるには早い気もするが、土方はふと玄関のある方へ顔を向ける。
「…どうされました?」
斎藤の不思議そうな声に、土方は苦笑をもらした。
「いや、あいつらの話し声が聞こえてきた気がしてな。我ながら気が早すぎるか」
「平助たちですか?
それは流石に早すぎるかと思ーーーー」
「ただいま戻りましたー!!!」
言葉の途中で、斎藤は目を大きく見開いた。
土方も驚きに口を開け、声の方を向く。
部屋が水を打ったように静まり返り、声の主…藤堂平助はありゃ、と首を傾げた。
「どうしました?」
その後からひょっこり顔を出した桃華と八十治も、不思議そうな顔をする。
「お前…ら…………」
「そんな、えっ……?」
「嘘でしょ……」
土方、斎藤、一ノ瀬が順に囁くように声を出した。
その後、少しだけ沈黙が続いた後。
「…なんで無傷なの……?」
一ノ瀬が、おそらくこの場にいる全員が思ったことを口にした。
体は泥まみれ、血まみれ。けれども、血のつき方からそれが彼らのものではないことはすぐにわかる。
「本当に行ったのか?」
と思わず疑問をもらした隊士たちに、桃華はなんでそんなことを、と頷いた。
「それはもちろん。しっかり斬ってきましたよ」
刃こぼれの酷さからそれはだいたい察するが。それでも全員無傷となれば信じがたい。
「ほら、お前の言う通り無事に帰ってきたぞ。何か言うことはないのか?」
「…は、何もねえな」
「あ?」
「冗談だ。
…………まあ、そのなんだ。……よくやった。感謝する」
潔く言った土方に、八十治は一瞬驚いたようにパチクリと目を瞬かせた。
だが、すぐいつもの調子に戻る。
「…いつもそう素直だったら、もっと可愛げあるんじゃないか?」
「可愛げなんているか」
「それもそうですねー!かわいい土方さんとか吐き気以外のなんでもなさそうです」
「うるせえぞ平助!」
三人(と土方の地位)が無事だったことからか、つかの間の和やかな空気が流れた。
何をしたのかわからないが、よほど本陣への斬り込みは効いたらしい。
たった三人で壊滅状態にさせられたからかもしれないが、だいぶ新政府軍の士気は下がったようだ。
そして、ついに鳥羽・伏見の戦いは、旧幕府軍の勝利で幕を降ろした。
安堵と喜びで頬を緩ませる隊士たちの中から、そっと抜け出る青ざめた顔の持ち主。
…一ノ瀬、凛だった。
