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浅葱色の華
- 第三十六話 甲陽鎮撫隊 -




「慶喜公が、江戸へ?」
きょとん、と私は首を傾げた。
「何故だろう」
凛君はさあ、と同じく首を傾げる。
「慶喜……公には慶喜公の考えがあるんじゃないのかな」
「そうだろうけども」
せっかく勝ったのに、なんだか退くみたいだなあ。
まあ今私がなにを言ったところで、変わるものもないだろうけれど。
「でもね桃華ちゃん。理由はどうであれ、ある程度歴史には合っていると思うんだ」
「そうなの?」
なら良いのかもしれない。
凛君はそんな私の反応を見てか、ニッと歯を見せて笑った。
「ボクたちも江戸に行くんだって。これから、どうなるんだろうね」
「…凛君は知らないの?」
「ボクが知っているのは、教科書のだけ。今ボクたちが生きている江戸時代がどうなるかはわからないでしょ」
そうなのかな。
いまいちわかっていない私は、曖昧に頷くことにした。
「江戸、どんな所だろう」
「戦するんだからねー?」
「わかってるって」



ーーー



初めて見た江戸は、思っていたよりもずっと活気がなかった。
やっぱり戦の最中だからかな、どこか緊張感を感じられる。
長旅での疲れを癒すのもそこそこに、屯所の周りを軽く歩いてみたのだけど、あまり京と景色は変わらなそうだ。
夕焼けでぼんやり朱色に染まる空を見上げながら、私は屯所へと続く道を歩く。
ふと前の方に人影が見えて、私ははたと足を止めた。
「…八十八さん」
人影…八十八さんは、私の声にゆっくりと振り返る。
「…麻木か、何をしていた?」
「少し散策を。八十八さんこそどうしたんですか?」
「夕焼けを見ていた」
端正な顔を夕焼けに照らして、八十八さんは微笑んだ。
相変わらず、素敵な声。
「ああ…今日はとくべつ綺麗ですよね」
私の声に、八十八さんは声を出さずに頷く。
そんな八十八さんに、兄さまのことを思い出さずにはいられなかった。
ーーー「一番組に、山野八十八という隊士がいますよね。
その隊士に、一目惚れ…した…とか……」
この、八十治の言葉。
「……えと、八十八さん」
「どうした?」
「あの、その…つかぬ事をお聞きしますが」
「ああ」
「…………私の、従兄弟の…誠一郎兄さまが、八十八さんに一目惚れした…と、聞いたのですが…」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……………」
「……………」
「……………………」
「……………………」
流れる、気まずい沈黙。
おずおずと八十八さんの方を向くと、八十八さんはきょとんと目を丸くしていた。
や、やっぱり聞かない方が良かったかな…?
「……誠一郎が、俺に?」
「…はっ、はい」
やっと言葉を発した八十八さんに、私は慌てて返す。
八十八さんはまた少しの間黙っていたけれど、急に小さな笑い声をあげた。
「それは勘違いだな」
「なんでわかるんですか?」
聞くと、八十八さんは可笑しそうに目を細める。
「たしかにあいつが入隊したとき、俺の前で勢いよく頭を下げて言った。『貴方に一目惚れしました!俺もここに入隊させてください!!』ってな。
だが、あいつが惚れたのは俺の刀筋だ。俺じゃない。
きっと、その後の話を聞いてなかったやつが勘違いしたんだろ」
「あ…」
兄さま、なんて紛らわしい言い方を。
それよりも何とも言えない恥ずかしさで、私の頬はカッと赤くなった。
「すっ、すみません!!!そういうことだったんですね!」
「ああ」
八十八さんは楽しげな表情を浮かべて私を見る。
「そいつにも言っておいてくれ。これ以上誤解が広まっても困るしな」
私はぶんぶんと首を縦に振った。
八十治に言っておかなくちゃ…!!



「と、いうことなんだけど」
部屋に戻ってから早速八十治に報告をする。
八十治はきょとん、と首を傾げてから、ぽんと手を打った。
「そんな話もしましたね」
「ちょっと」
私結構気にしていたのだけれども。
八十治は忘れていたようで、苦笑いを顔に浮かべている。
「流石に俺もそこまで本気にしてませんでしたよ。ただ平隊士の中でわりと話題になっているだけです。少し言葉が足りなかったらしいですよね…流石は誠一郎様」
「…そうだね」
兄さまは元からどこか抜けていたからなあ。
とはいえ、普通の人は初対面の相手に「惚れました!」なんて、言わないと思うけど。
「まあ、誠一郎様の入隊理由がわかってよかったじゃないですか」
「それはそうなんだけど」
勘違いしていた自分が恥ずかしい、と言おうとしたけれど、八十治のきょとんとした表情に口を閉じる。
「……まあいいか」
「まあいいんです」
八十治、性格変わったなあ……。











「ただいまより甲陽鎮撫隊、出陣致す!!」
近藤さんの、朗々とした声が晴れ空に響く。
慶応四年弥生。幕府から命じられた新選組は、甲陽鎮撫隊と名を改め甲州の鎮撫へと向かうことになった。
今回は私も同行するように、土方さんから言われている。
「甲陽鎮撫隊、ね…」
「どうしたの?凛君」
隣で物憂げな表情を見せている凛君に問うと、凛君は顔をしかめた。
「いやあ、ちょっと良い記憶がないなって」
「…上手くいかないの?」
「………ま、そんなとこ」
そう、なんだ。
どんなにみなさんのやる気があっても、どんなに頑張っても、本来の歴史通りなら…。
「でもさ、そうなるのが運命なんだから。
ここで上手くいったら、次が悲惨になるのかもしれないよ」
「それはそうだけど…」
凛君の言うこともごもっとも。ここで良い方へ進めたって、次がどうなるかはわからない。
でも、心がもやもやするのはたしかで。
「とりあえず、なるべく動かないようにして影響が出ないようにしよう。もう時間もないし」
「時間?」
「…ああ、こっちの話」
凛君はそれだけ言うと、ふいと反対側を向いてしまった。
なんだか、誤魔化されているような気がする。
とはいえ何を言っていいのかわからなくて、私は黙り込んだ。




近藤さんや土方さんたちの出身地であるらしい日野での歓迎ぶりは、凄まじいものだった。
次々と入隊希望者が現れ、近藤さんは休む暇もない。1日だけと決めていた逗留も、延ばさざるを得なくなってしまった。
そんな近藤さんを置いて日野を出た私たちは、黙々と歩を進める。
甲州での戦いは、どうなるのだろう。これから、新選組はどうなってしまうのだろう。
そんなことを悶々と考えながら歩いていたからか、不意に小石に躓いてしまったけれど、
「おっと」
くいと首根っこを掴まれ、なんとか転ばないで済んだ。
歩く足は止めないまま振り向くと、平助さんがクスリと笑みを見せた。
「気をつけてくださいね」
「はい…ありがとうございます」
片手で一人軽く持ち上げるって…こんなにも女の人のような顔をしていても、やっぱり男の人なんだな。
「…なんか、失礼なこと考えてません?」
「へっ!?」
…平助さんって、人の心を読めるのかな?
前にもこんなことがあったような気がするんだけど…。
「考えてませんよ!」
慌てて言うと、平助さんは楽しげな笑い声を上げる。
「おい平助うるせえぞ」
「はーいすみませーん」
前方から聞こえてきた土方さんの声に舌を出した平助さんは、もう一度私に笑顔を見せた。
「ほら、しっかり前を見ないとまた躓きますよ?」
藤色の瞳が、いたずらっ子のように光る。
「もう躓きません」
むくれて言うと、
「そうだといいですねえ」
ケラケラと楽しげに返してきた。
私は軽く頬を膨らませてから、前を向く。
と、急に前の人が止まるから、またつんのめってしまった。
後ろから吹き出す声が聞こえてくる。
「いや、これは前の人がーー」
「今日はここにする。いいな」
振り返って平助さんに言おうとしたら、土方さんの声が聞こえてきた。
どうやら今日はここで休むようだ。
皆さんが揃って返事をして、各々の行動をし始める。
私は何をすればいいのだろうか。
そう思ってきょろきょろしていると、ふと凛君に目が止まった。
…なんだろう、様子がおかしい。
眉間にしわを寄せて、何か考えているような…頭が痛いのかな。
「大丈夫?凛君」
「……」
「凛君?」
「………あっ、うん、何?」
やっぱり様子がおかしい。
「なんだか様子がおかしいよ」
「そうかな?別に普通だけど…」
そうは言うものの、いまいち顔色も良くない。
「具合が悪いの?」
「やっ、そんなんじゃないよ!うん」
「………そう」
これは、答えてくれなさそうだ。
ぶんぶんと手を振る凛君に、私は軽くため息を吐いた。
「…何かあったら言ってね?」
「わかった」
…凛君が今安心したように息を吐いたの、気づいているからね。



「ねえ平ちゃん、ちょっといい?」
一ノ瀬にそう言われた平助は、なんだろうかと首を傾げながら木陰に向かう一ノ瀬についていった。
前回のこともあるため、一応刀に手をあてて警戒している。
「…あのさ」
周りに聞こえない程度の声で一ノ瀬は言う。
「…正直さ」
「はい」
「足、そんな意味なかったね」
「……そうですね」
平助は言いながら自分の足を見た。
一ノ瀬に足を撃たれてから二ヶ月ほど。
もう歩けるくらいには回復して、こうして甲陽鎮撫隊にも参加している。
「もう一回やっていい?今度は切るから」
「嫌に決まってますよね?」
平助の目がちっとも笑っていない笑顔に、一ノ瀬は「冗談だよ」と慌てて言った。
「まあ、もう僕が生きてる時点で多少は変わっていますし、気にしない方がいいんじゃないですか?僕もなるべく目立たないようにしますし」
「小さい歪みだからって馬鹿になんないんだよ平ちゃん…」
「えまってサラッと僕の生き死にが小さいことにされてるんですけど」
一ノ瀬はフフ、と笑ってから真剣な表情に戻す。
「でもほんと時間がないんだボクには。
どうしよう…どうすればいいの?」
「そ、そんなこと言われても」
必死な声に、困惑する平助。
「あ…いやうん、ごめんね、急に」
「構いませんけど…」
なんだか今日の一ノ瀬は変だ、と平助は思う。元から変わっているとは思っていたが、今日はそれに磨きがかかっている。
「…ボクさ、もうすぐーー」
一ノ瀬が言いかけた時、不意にジジ…と小さな音が響いた。
その途端、一ノ瀬が点滅するように消えたり現れたりを繰り返す。
平助は驚きに目を見開いた。
「えっ!?ど、どうしたんですか!?」
慌てて肩を強く掴むと、点滅は止まる。
一ノ瀬は自嘲気味な笑顔を浮かべた。
「この通り。
ボク、たぶんもうすぐ消えるんだよね。消えるっていうか…帰る?
きっと、ボクは近いうちに生まれた時代に帰るんだと思う」
ふと、平助の脳裏に数ヶ月前の出来事が浮かんだ。
『ボクさ、未来から来たんだよ』
その時は簡単には信じることができなくて、信じた素振りを見せながら疑っていた。
当たり前といえば当たり前だ。そう簡単に信じることができるような話ではない。
しかし、先ほどの様子を見てしまえば話は別だ。
「……」
何を言えばいいのかわからない平助に加え、一ノ瀬も口を開かない。
隊士たちの声は聞こえてきているはずなのに、二人の周りは嫌に静かに感じられた。

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<2017/12/28 07:12 水瀬 玲>消しゴム
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